Wiiは大ヒット間違いない傑作ハード?

watchman2006-09-17

テクノロジー : 日経電子版

 任天堂が9月14日、千葉市幕張メッセで「Wii Preview」と題した記者会見を行い、ついに次期家庭用ゲーム機「Wii」の価格と発売日を正式に発表した。しかも、それだけにとどまらず、岩田聡社長によるスピーチは、「Wii」というハードの持つ潜在的なポテンシャルを強烈にアピールする場となった。


 「Wii」の日本での販売価格は2万5000円で、12月2日発売。これは別の意味でどちらも意外と感じられるものだった。今年5月の決算発表会見で、任天堂は質問に対し、「2万5000円以上は考えていない」とコメントしており、どこまで価格を下げてくるかに注目が集まっていたからだ。


 2万円といった戦略的な価格帯でロンチを仕掛けてくることによって、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が11月11日に発売する「プレイステーション3(PS3)」に対し、完全な勝利を狙ってくるのではないか。さらに、北米での価格については一度も言及されていなかったため、現在の円ドルレートから考えて、低所得者層も含めた多数の消費者まで巻き込める価格帯といわれる200ドルで仕掛けて、「Xbox360」を追撃して爆発的な普及を狙うのではないかというのが大方の読みだった。


■北米は250ドル、11月19日発売
 ところが、提示された価格は、ずばり上限の2万5000円。しかも北米では250ドル(1ドル117円換算で約2万9000円)と予想外に高い。北米での発売は11月19日と日本より早く、11月17日発売の「PS3」に完全に日程をぶつけてきた。ただし、250ドルという北米での価格は、日本で別売りになる任天堂スポーツゲームソフト「Wii Sports」がバンドルされるためである。実質的には200ドルラインだが、あえて「Wii Sports」をバンドルしてきたところに、「Wii」の哲学をまず浸透させようというマーケティング方針と日米での戦略の相違が見て取れる。


 任天堂は、「Wii」が持つ哲学を多くの人に納得して理解してもらうためのコストを確保するために、確実に収益が取れる価格帯に設定してきたといえる。そこからは任天堂の「Wii」に対する並々ならぬ自信がうかがえるが、実際に触って、体験してもらい、その思想を理解してもらうためにはどうすればよいのかということが、本当の普及のため課題となっているのだろう。


 任天堂は「Wii」によって、今までゲームをやったことがない人をゲーム市場に巻き込むことを目指している。「Wii」がその目標達成のために必要な新しいコンセプトを多数組み込んだハードであることは、岩田氏によるプレゼンテーションを通じて伝わってくるものがあった。


■全貌はまだあきらかになっていない?
 岩田氏の講演は、「Wii」についてあまりにも語るべき要素が多すぎるために、あえてテーマを絞り込んだ内容といえた。これは日本でのカンファレンスの内容と、日本時間14日午後10時にニューヨークで行われたNintendo of America(NOA)によるプレスカンファレンスを比較すると明らかだ(筆者はどちらもネットのストリーミング中継を通じて見た)。 NOAは、インターフェイスよりも、ゲームの新しい体験と豊富なラインアップを中心に説明し、日本での発表よりも他社のハードをより意識した内容になっていた。「Wii」という同じハードについて語っているにもかかわらず、まるで違うハードの説明を聞いているようにすら感じられた。


 それにもかかわらず、どちらの発表も情報がてんこ盛りとも言える内容だった。それは、「Wii」というハードが、今回日米で言葉になったものを遙かに超えるポテンシャルを抱えていることを物語っている。事実、今回の発表では、まだ、全貌がすべて明かされたとはいえないのではないだろうか。2万5000円をまったく高いと感じさせない、むしろ安いと納得させられてしまうわくわくするような説得力に飲み込まれる気持ちになった。


 任天堂という企業が考え抜いた、インターネットに対しての回答の結集。いや、それでも表現としては十分と言えない。コンピュータの発達によって年齢差によって起きているデバイド=格差を完全に解消するための解答。それでも、説明ができているとは思えない。それだけ懐が深い、イノベーティブなハードであるということだ。


■引き継がれた路線
 それでも、任天堂のやっていることは、「ゲームキューブ」「ゲームボーイ」時代からの哲学から基本的に大きく変動していない。基本的な路線は踏襲されている。任天堂は自社のタイトルを常に「全年齢向け」と主張してきた。また、まず身近な友達といった顔を見知った人同士でのマイクロなコミュニティをたくさん作ることに、ずっとフォーカスしてきた。ボタン数が増加し、複雑化するハードデバイスを単純化しようと、繰り返し繰り返しアプローチしてきた。


 ただ、「ゲームキューブ」と比較するなら、「Wii」はロンチ時からそれを首尾一貫してやり抜ける準備を整えることができた点に大きなアドバンテージがある。特に、新しいデバイスとインターネットの部分は、「ニンテンドーDS」で成功したコンセプトを引き継ぎ大きく発展させている。ユーザーを完全に安全な環境として一定のコミュニティに切り離した状態で、インターネットに接続し多様なサービスを提供する。まずは、家族。そして、親しい友達。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)自体をハードとして具現化したとも言える。


 強引に形容するならば「親しい人のコミュニティ手段としての閉じたWeb2.0環境」とでもいえるだろうか。今回の発表で痛感させられたのは、今コンピュータの技術革新で求められているのは機能の高度化ではなく、いかに多数の人が、いかに簡単にインタラクティブな環境に触れることを可能にするかというインターフェイスの問題だということだ。パソコン嫌いの高年齢の人でも、即理解し習得できる優れたインターフェイスを生み出すことの方が、ハイエンド商品を作るよりもはるかに難しいのだ。


 誰にでもわかる環境を作ることができれば、そこからハイエンドへと拡張させることは容易にできる。任天堂はやろうと思えば、ハイエンドの環境を限りなく提供することができる。しかし、それをロンチではやらない。


 複雑化させ、高機能化できるという選択肢をあえて捨てる。隠してみせる。いつかは拡張する可能性を秘めたまま、ドアを閉じておく。そこから、傑作ハードが登場しようとしている。これも強引に形容するならば、禅などに通じる伝統的な「日本的な思想性」と言えようか。


■敵は我が内にあり
 ハードの高機能化競争からあえて降りた。その結果、開発は事実容易になった。そのトレードオフによって、彼らが獲得できたのが豊富なタイトルラインアップであり、完成度の高いインターフェイスだったといえる。現在の状態へと開発を進めていくためには、長い試行錯誤があったに違いない。しかし、ハードがシンプルであればあるほど、繰り返して作り直す作業をより短期に成し遂げることができる。そして、それを事実完成させた。


 では敵はどこにいるのか? 日本市場で「Wii」にとっての最大のライバルは、任天堂自身である。それは任天堂が一番認識しているに違いない。「ニンテンドーDS」の最大のキラーソフトと期待されるDS用「ポケットモンスター ダイヤモンド/パール」がいよいよ9月28日にリリースされる。このヒットが年末商戦まで続くようであれば、DSと「ポケモン」のセットが一番ヒットし、「Wii」のロンチに悪影響さえ及ぼしかねない。


 早ければ10月末と予想されていたロンチ時期をあえて12月に設定し、すでに発売日が確定しているであろう「Wii」用の「ポケモン」(DSと連動する)の発売日をあえてぼかしたのは、DSと「ポケモン」の大ヒットの影響が、最小限で済むようにしたためではないだろうか。


 しかし、本来であれば「Wii」の目玉タイトルであるはずの「ポケモン」をアピールする必要がないぐらい、ロンチ段階でのラインアップはそろっている。「ゼルダ」を中核に新作タイトル10社16作品、バーチャルコンソールを通じたタイトルが年内30本。そもそも「Wii」自体に多数の遊び要素が組み込まれているのに、ユーザーが遊びきれないほどのタイトルがいきなり供給される。


 今の「Wii」には、文句をいう隙間がどこにもない。ハードのことを考えるだけで、わくわくさせ、納得させる力がある。ここまで完璧な準備ができていては、ヒットしない事態を想像する方が難しい。